作家、重松清の小説「とんび」をご存知でしょうか。以下背表紙のあらすじになります。
昭和37年、瀬戸内海の小さな街の運送会社に勤めるヤスに息子アキラ誕生。家族に恵まれ幸せの絶頂にいたが、それも長くは続かず……高度経済成長に活気づく時代と街を舞台に描く、父と子の感涙の物語。
私が、親として、教員として、子どもたちに接する上で大事にしていることを、まさにこの小説が物語ってくれていました。
「とんびが鷹を産む」という諺は、「平凡な親が優れた子供を産む例え」です。ちなみに、トンビが鷹よりも劣っているというのは諸説あるようです。一つには鷹は鷹狩りの際にハトやカモといった獲物を狩ってくるが、トンビはネズミしか狩れず、「クソとび」と呼ばれていたそうです。また、鷹は生きている生き物を狩って食べるのに対して、トンビは死んだ動物の肉を食べることからも鷹よりもトンビの方が下等な生き物とみなされたそうです。
これ以降はネタバレも多少含むので、それでも構わないという方のみ読み進めてください。
さて、この物語は「ヤス」「ヤッさん」と呼ばれる主人公が「美和子さん」と結婚し「アキラ」という男の子をもうけます。美和子さんはアキラが生まれてまもなく亡くなってしまい、それからはヤッさんがアキラを男手一つで育てていきます。
ヤッさんはアキラの誕生に大喜びし、愛情を注ぎますが、自分の道理に合わないことがあるとすぐにキレて手を出したり、親として、というより人としてもどうしようもない人物でした。
しかし、そんなヤッさんですが、愛嬌がある彼の周りにはとても良い仲間が集まり、やっさん自身も周りから愛されているのです。そして、そんなヤッさんの子供のアキラは母親がいないこともあってか、ヤッさんの周りの仲間たちから大いに愛情を注がれ、成長していきます。まさに、ろくでもない父親のヤッさん「トンビ」にして、アキラというすばらいい子「鷹」が育ったかのようにアキラはとても良い子に育ち、野球を一生懸命に取り組み、そして学業においても非常に優秀な成績を残します。
私がこの物語から感じ取ったメッセージは、「人を育てるのは理屈ではなく、愛情の総量である。」ということです。アキラは母親がいないぶん、両親がいる子供に比べて、注がれる愛情が少なかったかもしれません。しかし、ヤッさんはアキラに自分なりの愛情をたっぷりと注ぎ、そしてヤッさんの周りの仲間たちもアキラに愛情を注いでくれたのです。母親がいなくても、アキラの受け取った愛情は一般的な父親と母親から与えれるそれよりも多くを、与えられたのでしょう。
ヤッさんの幼馴染の父親であり、ヤっさん自身も子供の頃から父親のように慕っている雲海という和尚さんがいます。アキラがまだ幼稚園児の頃、母親のいないことで幼稚園でトラブルになり、その寂しさから泣きやまないことがありました。その夜、雲海和尚が雪の降りしきる海にヤッさんに抱かれたアキラを連れていきます。寒さのあまり身を震わせてヤッさんにしがみつくアキラですが、ヤッさんが背中に手を回しても、手が当たらない背中は寒くて仕方がありません。雲海和尚が「母親がいれば背中も暖めてくれるが、お前は母親がいないから背中は温めてもらえない。しかし、お前にはたくさんの背中を暖めてくれる手がある。」と言い、アキラの背中に手を添えてあげます。雲海和尚以外にもアキラに「手」を添えてくる人はたくさんいたので、アキラは安心して寝ることができるのです。
私は教員の仕事としてこの「手」になることが最も重要なことだと思っています。教員としてさまざまな子供達と接しますが、彼らの親から与えられる愛情の深さはその子供によって異なります。だからこそ、みんなに分け隔てなく愛情を注ぐ「手」でありたいと思っているのです。
そして、ヤッさんも父親としては模範的な父親ではなかったかもしれませんが、彼の息子への愛情は人並みならぬものがありました。アキラが中学2年生の頃、野球部の練習の際に、しごきとしてバットで後輩のお尻を叩き、その後輩が怪我してしまい、それを知ったその後輩の両親が激怒し、父親がヤッさんの家に乗り込んできました。ヤッさんはアキラがやったことは悪いと理解していたので、まずアキラをしかり、アキラは泣いてその父親に謝りました。それでも許してくれないその後輩の父親はアキラに野球部を辞めてもらわないと安心して自分の子供は野球を続けられないと言い、アキラに退部を求めました。アキラは自分が悪いことを認め謝ったし、もう二度とこんなことはしないと言っているので、辞める必要はないとヤッさんは凄みました。ヤッさんはアキラのことを信じているので、もう二度としないと言っているのだからその言葉を信じない道理はないと。その勢いに押されその父親はすごすごと帰っていくのでした。
ヤッさんの対応の仕方が正しいかどうかは分かりませんが、アキラはヤッさんから愛されていると間違いなく感じたでしょうし、実際にヤッさんはアキラを心の底から愛していました。
私が働いている学校は進学校なので、中学受験を経て入ってくる子供がほとんどであるせいか、子供の勉強に対して深く介入する親が多い気はします。それでも、保護者の子供への接し方はそれぞれです。放任的に子供に任せている親、毎日の宿題をチェックする親、子供の進路に色々と口を出す親。その方法論においてどれが正解とかはないということです。大事なのは愛情であるということです。
私自身もありがたいことに両親から多大なる愛情を注がれて育ったと思っています。私の親は勉強に対しては口出しは一切しませんでした。あまりにも勉強が出来なくて、担任・校長・保護者・私の4者面談で呼ばれた際も、怒られた記憶もありません。そのような中学高校時代を過ごしたせいか、卒業する際には学年で下から2番目の成績でした。そんな私を「あなたはやればできる」といつも励ましてくれました。ですから自然と自分は勉強はやらないだけで、やればできると信じ込んでいましたし、実際にその後紆余曲折を経て大学受験を志した際も無事に第一志望の大学へ合格することができたのだと思います。
詰まるところ、「大事なのは愛情であって、その方法は問わない」ということです。
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